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2021.2.24 「困難の中で」 使徒言行録27:1-20

1.           海 死から命へ

パウロのローマへの船旅の始まりです。海というのは混沌を表すもので、古代の人にとっては恐怖を感じるものでした。旧約聖書における最初の航海者ノアは、神様の怒りとしての雨による海を見たのです。同時にノアが見たのは、海によって罪が滅ぼされ、新しい命が始まった出来事でもあります。この出来事はバプテスマを想起させます。

もう一つ旧約聖書の海の話としてヨナの物語が挙げられます。預言者ヨナは神様から逃げ出したのです。その船は大きな嵐にあいました。その後ヨナは魚に飲み込まれ悔い改めました。新しい命を得たのです。

パウロはヨナとは違い神様のみ言葉に導かれて、ローマへの船旅へと進んでいったのでした。しかし、この船もまた嵐にあうのです。

私たちは、神様に従っていたとしても、神様の御心から離れていたとしても、多くの困難に出会います。神様に従ったからといって、困難がなくなるわけではないのです。しかしイエス・キリストはこの困難の真っ只中に共にいてくださるのです。

 そして最後の新しい天と新しい地とを受けるとき、その海はなくなります。【わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。】(ヨハネの黙示録21:1)そこには、完成された愛があるのです。

 

2. 困難な道

 23:11にあるように、ローマでの証は神様の導きによるものであり、この囚人という姿も神様のご計画なのです。ここからパウロの船旅が始まります。2節からアドラミティオンという港から出発しました。ここではマケドニア人アリスタルコも一緒でした。パウロには、いつも祈り合う兄弟がいたのです。ここに祈りあう兄弟姉妹の大切さを見るのです。

 9節で一つの分かれ道が訪れます。(9-12)断食日とは、現在の9月末から10月の初め頃で、海はとても荒れて危険であるとされていました。ただこの港も冬を越すのに適していなかったのです。つまり、港にいることも、航海に出ていくことも、どちらを選んだとしても困難が伴う道でした。

 

3. 百人隊長ユリウスの判断

百人隊長ユリウスは、パウロの言葉ではなく、船長、船主の言葉を信用し、大多数の意見を聞いたのでした。13節から人々は錨を上げて進みだします。ここで南風が静かに吹いてきました。この南風は出港へと誘い出したのです。静かな南風によって、人々は自分たちの望みどおりにことが運ぶと考えたのです。この静かな南風に、この世の「誘惑」を見るのです。しかし、その後「エウラキロン」と呼ばれる暴風雨が吹き降ろしてきたのでした。

 

私たちは、人間の数や知識に囚われることなく、神様の御心を求めていきたいと思うのです。神様の示された判断基準とは、イエス様が歩まれた道です。神様を愛し、他者を愛するという道を判断基準として持ちたいと思います。(笠井元)