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2018.10.14 「友であるイエス」(全文) ヨハネによる福音書15:13-15

 日本で最も知られている賛美歌は「いつくしみ深き」であると思います。『新生讃美歌』431番、古い教団『讃美歌』312番です。今日の礼拝の説教後の応答賛美歌で歌うことにしています。この賛美歌が良く知られているのは、1910年(明治43年)文部省唱歌「星の界(よ)」あるいは「星の世界」で歌われるようになったことがその大きな理由でしょう。私も小学生か中学生のとき、思い出は定かではありませんが、この曲を音楽の時間で教わった記憶があります。作曲家は、チャールズ・コンヴァース(Charles Converse) 1832-1918.10.18というアメリカ人です。コンヴァースが当時作詞者不明であったこの「いつくしみ深き」の歌詞に非常に感銘を受けて、曲をつけて、この「いつくしみ深き」という賛美歌が完成したと言われています。(大塚野百合『賛美歌・聖歌ものがたり』創元社、1996年)このコンヴァースの曲も良い旋律であると思いますが、この「いつくしみ深き」という歌詞が人々の心に響くということもこの曲が日本社会、そして世界中で多くの人に歌われ、覚えられた理由であると思います。

 今朝は、いつもの説教とは違って聖書テキストを解釈し、展開するということではなく、「いつくしみ深き」の歌詞から、「友なるイエス」に慰めを受けるという信仰の在り方を考えてみたいと思います。

 

1.神は私たちの「父」であるのか「友」であるのか

 「友なるイエス」ということですが、松戸市にある栗ヶ沢教会で牧師をしていた時代のことです。日本人のコックさんと結婚した韓国人女性がおりました。在日韓国人というより、戦後日本に来られたあるいは日本人との結婚のため日本に住んでいた方です。彼女はそれまでの韓国文化の中で、厳しい儒教の伝統で育てられたそうです。ですから、神様ということで、厳格で恐ろしい父親のイメージを持っていたとのことでした。まあ、近づきたくない、触らぬ神に祟りなしではありませんが、日常生活の中で敬遠してきた存在であったと言っておりました。しかし、イエスにあって神を「友」と呼ぶ聖書の箇所や「いつくしみ深き」のようにイエスを友と呼ぶ賛美歌に触れて、神様を身近に感じるようになり、回心し、バプテスマを受けました。信仰を持つきっかけは様々ですが、私の印象に残る人でした。私自身の父は温和で静かな人でしたから、父に対して嫌なイメージはないのですが、同世代や1世代、2世代前の人で父親とほとんど口をきいたことがないというような話を聞きますと、父親は、そして、父なる神はかなり厳格で、厳しいイメージなのかも知れません。ヘブライ語聖書においては神を「父」と呼ぶ箇所は実はほとんどないのですが、イエス様が親しく「アッバ」=「トウチャン」というような親しみを込めて呼びかけましたので、キリスト教信仰では神を父のイメージで考えることが定着し、ユダヤ教や当時のギリシヤ・ローマ社会も家父長社会でしたから、イエス様の呼び方とは違う厳格な父としてのイメージがキリスト教に定着してしまったのかも知れません。神を父と呼ぶ例はヘブライ語聖書にはあまりないと言いましたが、圧倒的なイメージは「主人と僕」のイメージかも知れません。しかし、例は少ないのですが、神を友と呼ぶというか、神がある人を「友」と呼んで下さる箇所はあります。聖書の信仰においては神は私たちの「友である」と言って良いのです。

 

2.アブラハム、モーセの友である神

 旧約聖書、ヘブライ語聖書では、アブラハムという人が信仰の祖先として有名でして、彼はユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の共通の信仰の父祖です。紀元前2000年頃の人です。日本では縄文時代になります。あとは、モーセと言う人がおりますが、彼はイスラエルの民がエジプトで奴隷状態の時に、イスラエル民族をエジプトから脱出させた指導者でした。紀元前1290年頃の人です。邪馬台国の卑弥呼は紀元247年頃死んだということですから、旧約聖書の時代は随分古いですね。アブラハムについてですが、イザヤ41:8~10でこう言われています。「わたしの僕イスラエルよ、わたしの選んだヤコブよ、わたしの愛する友アブラハムの末よ」と言われています。「わたしはあなたを固くとらえ/地の果て、その隅々から呼び出して言った。あなたはわたしの僕/わたしはあなたを選び、決して見捨てない。恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。勢いを与えてあなたを助け/わたしの救いの右の手であなたを支える。そしてこれを受けて、新約聖書のヤコブ2:23に「『アブラハムは神を信じた。それが彼の義と認められた』」という聖書の言葉が実現し、彼は神の友と呼ばれたのです」とあります。アブラハムは神の友達であり、神はアブラハムの友達です。また、モーセについては、旧約聖書の出エジプト記33:11には「主は人がその友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた」とあります。こうして、アブラハムとモーセは神の友と呼ばれ、神は彼らの友達でした。

 

3.友であるイエス

 新約聖書のヨハネによる福音書の15章はイエスが十字架で殺される前の晩の弟子たちとの別離の会話が記されています。死に臨んでイエスはこのように語ります。「友のために自分の命を捨てること、これ以上大きな愛はない。わたしの命じることを行うなら、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているかを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」。ここには父なる神とみ子キリストとの間の深い信頼関係、そして、み子イエス・キリストと弟子たちとの間の深い信頼関係が語られています。み子キリストは弟子たちのためにその命を捧げました。そうであれば、主イエスと弟子たちとの関係は教師と弟子、主と僕の関係を超えて、友人同士の関係であるというのです。こうして、少ない個所ではありますが、旧約聖書においてだけでなく、新約聖書において、イエスは弟子たちの友であり、弟子たちはイエス様の友であるという「ために」を超えた「共に」生きる友人同士としてのイエス様と私たち、そして、皆さんとの関係が証言されています。だからこそ、「わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしはあなたがたを任命した」(16節)と言われています。私たちは父なる神に肉薄するような神の友としての祈りをしているでしょうか。イエス様は私たちの友であり、このイエス様にあって、神は私たちの友なのです。

 

4.危機の経験の中での友なる神

 「いつくしみ深き」は、原詩では、What a friend we have in Jesusです。「なんという友をわたしたちはイエスにおいて持っているのだろうか」です。作詞者ジョセフ・スクライヴン(Joseph Scriven1819-1886.8.10 はアイルランド出身で、19世紀に生きた人です。作詞は1855年となっていますが、ウイリアム・レーノルドによると、(木)William Reynolds, Companion to Baptist Hymnal, Broardman Press, 1976)アイルランドに一人寂しく病床に臥せっていた母親を慰めるために書いたとされています。スクライヴンは1819年アイルランドのシーパトリックで生まれ、ダブリンのトリニティカレッジを卒業後、アディスコウムミリタリーカレッジで学びました(佐藤裕『聖歌の友』 聖公会出版、1986年、328頁)。

 184324歳の時、ある女性との結婚式の前日、婚約者の到着を待っていたのですが、その婚約者の乗った船が転覆し、彼女は溺死してしまいました。スクライヴンは絶望し、悲嘆に暮れたわけです。翌年、彼は人生の新しい歩みを始めようと、カナダのポートホープに移住し、教師となります。教会はプリマス・ブレザレンに属しました。彼は、キリストから教えられた隣人愛を実践するため、近隣のやもめたちを支援する活動を立ち上げ、町の人たちからは、「良きサマリア人」とあだ名されたらしいです。あの婚約者の死の悲しみを乗り越えるには随分時間がかかったのでしょう。やがて、41歳の時に、23歳の女性エリザ・ローチ・キャサリンと恋をするのですが、今度はこの婚約者を結核で失ってしまいました(1860年)。このような2度の不幸な経験からスクライヴンはこの「いつくしみ深き」の賛美歌を作詞しました。アイルランドに残してきた母が病気であるという知らせを受けて、母を慰めるために、手紙にこの歌詞を添えて送ったとも言われています。自ら深い悲しみ・苦悩を味わったスクライヴンですから孤独な母を慰めようとしたのでしょうか。「いつくしみ深き 友なるイェスは 罪とが憂いを とり去りたもう 心の嘆きを 包まず述べて などかは下ろさぬ 負える重荷を」。イエス様を友と呼び、傍らに寄り添って下さるお方を経験し、婚約者や恋人を失った「心の嘆きを 包まず述べて、などかは下ろさぬ 負える重荷を」という歌詞に背後の事情は分からずとも、私たちは感動するのであると思います。2節の「われらの弱きを 知りて憐れむ 悩み悲しみに 沈める時も 祈りに応えて 慰めたまわん」も良いですね。彼はその後、最後まで独身を貫いたそうです。晩年病気になり、間借りしていた友人の家で67歳で召されました。あるいは、1886年ライス・レイク湖付近で溺死したという説もあります(『賛美歌略解』181頁)。1864年のことです。そのような人生の孤独、この世的には厳しい人生を送ったことを考えるときに、3節の「変わらぬ愛もて 導きたもう 世の友われらを 棄て去る時も 祈りに応えて 労わりたまわん」が心に響いてきますね。

 

5.原詞を生かすなら 

 最初に英語の原詞に少し触れてみましょう。「いつくしみ深き」が繰り返されていますが、英語の詞にはそれに相当する部分がありません。2節に「わたしたちのすべての悲しみを分かち合われるこのような忠実な友をほかに見出すことができようか!に faithful が登場します。「忠実な、真実な」という意味です。3節では「Precious Savior」が登場します。「尊い救い主」というような意味でしょうか? 「いつくしみ深み 友なるイエスは」とは、かなりの日本語の翻訳であるということでしょう。「罪とがうれい」も極めて日本的であり、情緒的ですね。すべての罪と悲嘆を負って下さるというような意味です。もし、この歌を私が翻訳するなら繰り返されているのは、「私たちの悩み悲しみを祈りにおいて神へ、あるいは主へと持っていこう、祈ろう。なぜなら、神がわたしたちの友であるから」ということを強調せねばならないでしょう。

 すると今日の説教も、神様あるいはイエス様は友なんだ、素晴らしいと情緒的に感動するだけではなく、イエス様にあって友である神にすべてを打明けて祈ろう、祈る特権が与えられているのだから祈ろうということになるのでしょう。(松見俊)