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2018.7.29 「主イエスの処に戻ってくる」(要約) ルカによる福音書17:11-25

 クリスチャンになることも困難ですが、クリスチャンであり続ける、教会に集い、礼拝者であり続けることはもっと困難なことです。そのような現実、葛藤を踏まえて、テキストを味わいます。

 

1.サマリヤとガリラヤの間を通られた

 ユダヤ人とサマリヤ人は、ある歴史的、宗教的、文化的相違から対立関係にありました。「サマリヤとガリラヤとの間」という微妙な表現の含蓄です。文化人類学者は社会の変化は、その文化の中心からではなく、周辺にいる人たち、周辺に追いやられた人たちから起こると言います。教会もそうかも知れません。

 

2.彼らは遠くの方で立ちとどまり

 昨今、ハンセン氏病の人だけではありませんが いわゆる優生保護法で避妊手術を強要されたこと、その事実の認定と賠償の問題がニュースとなっています。彼らは病気以上に、家族や友人たちから差別され、隔離され、家族から縁を切られ、見放された経験をしたのです。その悲しみ、痛みが、イエスに近づきたくとも近づけない、彼らは「遠くの方で立ちどまったまま、声を張り上げて」という表現の中に語られています。また、「声を張り上げた」という表現の中に彼らの必死の想いが表現されています。

 

3.イエスは彼らを見られた

 たぶん面倒に関わりたくなければ、目を背けることもできたし、見て見ないふりをすることもできたことでしょう。しかし、イエスは彼らを見ながら、「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」と言われました。

 

4.戻ってきたのは、一人であった

 さて、物語はさらに展開します。十人それぞれが清められ、癒されたのですが、癒されてイエスの処に戻ってきたのは十人の内、一人であり、しかもユダヤ人が敵対し、差別していたサマリヤ人であったというのです。確かに思い皮膚病が清められ、癒されることは嬉しいことでした。しかし、イエスご自身が救い主なのです。イエス様との関係の中に留まること、「神を賛美しながら戻ってくること、イエス様との生きた関係に生きること、それが本来の救いではないでしょうか。

 

5.主イエスの嘆き

  「清くされたのは、十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか」。これはイエス様の欠乏感、喪失感、嘆きではないでしょうか?

 

6.立ち上がって、行きなさい

 教会は神礼拝のために集められた者たち、そのために呼び出された者たちの群れです。しかし、教会はまた世界に散らされていきます。私たちは、集められ、散らされていくリズムの中で生活することが重要です。(松見 俊)