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2018.5.27 「主イエスにあって行動する」(全文) フィリピの信徒への手紙2:19-30

 私たちは、人や教会の安否を尋ねるために人を派遣します。バプテスト教会の間では不思議な言葉があります。「問安」という言葉です。「尋ねること、問うことで」、門構えに口という漢字と「安全」の「安」です。人を尋ねて安否を聞くことです。私は高校3年生の時にバプテスマを受けましたので、青年時代からこの言葉を知っていました。米国の宣教師たちや日本バプテスト連盟の指導者たちが、地方の教会を訪問して、元気でいるかどうかを尋ねることです。ところが、この「問安」という言葉は日本語の辞書に載っていない教会用語であることに気が付くようになりました。牧師という仕事柄人を訪問することが多いわけですが、門を尋ねるのではなく、安否を問うて、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」ことができているのかを問われています。また、最近では忙しいということもあり、自分の生活を見られたくないということもあるのでしょうか、訪問されることを余り喜ばないクリスチャンの人も増えているようにも思います。

 パウロは今日の聖書箇所で、二人の人をフィリピ教会に派遣する計画について書いています。エフェソという大きな町の投獄に監禁されているパウロが、パウロの直弟子テモテ とエパフロディトをフィリピ教会に送るというのです。エパフロディトという人は、パウロが投獄されたと聞いたフィリピ教会の信徒たちがパウロを励まし、身の周りの世話をさせるようにパウロの元に派遣していたのですが、病気になってしまい、それが多少快方に向かっていたのでしょう、彼をフィリピ教会に送り返すと言うのです。

 

1.テモテ

 「さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています」とパウロは書いています。テモテとはどういう人でしょう。使徒言行録16:1にはこう記録されています。「パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに信徒のユダヤ婦人の子で、ギリシヤ人の父親を持つ、テモテという弟子がいた。彼は、リストラとイコニオムの兄弟の間で評判の良い人であった。パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた」。いわゆる第二回の伝道旅行のことですから、まさにパウロが開拓伝道をして設立された諸教会を「問安」するのが目的の旅行で紀元51年~55年、つまり、イエス様が十字架で殺され、よみがえられてから20年くらい経ったころのことです。パウロはシラスという人と一緒に旅行に出かけたのですが、もう一人若者を同行したかったので、クリスチャン2代目で、ギリシヤ文化にも通じていたテモテを選んだのでしょう。リストラとイコニオムという町の名前が登場しますが、イコニオムは、現在はコンヤという地名で、人口100万のこの地方最大の都市です。3年前に行ってきましたが、現在は、宗教都市でイスラム教の拠点でイスラム教の神学校などもありました。パウロはフィリピ1:1ではテモテをこの手紙の共同の執筆者とし、自分と同列に扱い、「キリスト・イエスの僕」と呼んでいます。テモテは当時のフィリピ教会の設立にも関係していたようです。テモテは「親身になってフィリピの信徒たちを「心にかけている」と言われています。こころにかけるとは味わい深い言葉です。この言葉は(merimunēō)「思い煩う」という悪い意味もありますが、基本は「心配する」「配慮する」という意味で、ただ覚えるというより、距離はあっても、フィリピの人々の具体的なことにあれこれ配慮していたのです。「わたしと同じ思いをいだいて」(isopyuchos、この言葉は、新約聖書では、ここだけに登場し、他のギリシヤ社会でもあまり用いられていない言葉です。「同根」「同魂の人」、パウロと同じ心の人で他者のことを自分のこともように思える人であるということでしょう。これがテモテという若者でした。

 

2.他者への関心 共感共苦する生き方

 パウロはここで、フィリピの信徒たちの様子を知って力づけられたい、そのためにテモテを派遣すると言っています。「ちからづけられる」(eupsuchō  勇敢な、幸せな、元気になる)という言葉も、新約聖書でここにしか用いられていない言葉で、魂が良い状態というような意味で「喜ぶ」ということも意味します。しかし、フィリピの信徒たちの様子を知るとなぜ、力づけられるのでしょうか?フィリピの教会の様々な問題を聞いて、弱ってしまうということもないのでしょうか? 先週は神学部の恩師であった古澤嘉生先生が召天され、中村和夫先生、関谷定夫先生に続き、むろん、尾崎先生、木村文太郎先生も亡くなられましたが、最近はそのような先輩たちの訃報が多くなりました。そろそろ自分の番かなとも思います。安否を知ったら、がっかりすることもあるのでしょう。しかし、それを含めて、フィリピの信徒たちの様子を知りたいというのがパウロの想いでした。皆さんは、今、安否をしりたい人や群れはありますか? 皆さんのことを覚えて祈ってくれる人はありますか?パウロは他者たちに関心を持ち、祈り続ける人でした。IIコリント1016-29にはパウロの労苦についてリストが書かれていますが、「このほかにもまだあるが、そう上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられえうでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか」と言っています。ここフィリピ書では、もっと明るいので、「だれかが喜んでいるなら、わたしも喜ばないでいられるでしょうか」ということかも知れません。

 

3.自分に精いっぱいの現実

 しかし、今日、わたしたちが生きている社会、文化は、自分に精一杯で、他者たちへの関心が薄れている社会ではないでしょうか。パウロは、「他の人は(すべての人)、皆イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めている」(oi pantes gar ta eautōn zētousin, ou ta Christou Iēsou)と言っていまあす。テモテは「パウロと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている」と言われていましたが、しかし、「他の人は(すべての人)、皆イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めている」と言います。ここで言われているのは、具体的には、教会のなかのある指導者たちのことなのでしょうが、原文では、「すべての人」となっているので、時代を超えた人間の文化の特徴について言っているようにも聞こえてきます。「だれが」ということもなく、忙しくて、自分で自分の心配をしなければ自分と自分の家族がだめになってしまうような世知がない現実にわたしたちは直面していると言えないでしょうか。自分のことで精いっぱい、あるいは、自分のことにしか興味のない人も増えているのでしょう。そのような人間の文化に抵抗して、他者に関心を持って生きているでしょうか?

 

4.エパフロディトを送り返す

 もう一人フィリピ教会に派遣されるのは、エパフロディトです。人間的に見れば、フィリピ教会が彼をパウロのために派遣し、尽力はしてくれたのですが、過労のためか、病気になってしまったので、彼をフィリピに送り返すのです。彼は基本的に、フィリピ教会からパウロの世話をするために派遣された「使者」(Apostolos)であり、「奉仕者」(leitourgos)でした。しかし、パウロは彼を「兄弟」(adelphos)「協力者」(sunergonfellow-worker)「戦友」(sunstoratiōtēsfellow-soldier)と呼んで、十分、自分の傍らにいてくれたというのです。病気で十分その働きができなかったことを考慮してか、まず、彼を、自分の「兄弟」、「協力者」そして「戦友」と言って褒めています。このような言葉の選び方、配列にも彼の愛情が滲み出ていないでしょうか。わたしたちは教会の兄弟姉妹たちをどのように呼ぶでしょうか?

 

5.痛みを覚悟する

 テモテの派遣は、パウロに仕えていた人の派遣でした。彼がパウロの傍にいなくなることはパウロには痛手であったことでしょう。自分の痛み、損失を覚悟せねばなりません。エパフロディトの派遣は、「窮乏のとき奉仕者となってくれた」人の派遣でした。しかし、エパフロディトは病気になってしまいました。十分役に立てなかった。それがエパフロディトには派遣元のフィリピ教会への精神的負担でした。当然、十分奉仕できなかったということで、エパフロディトにはパウロに対して申し訳ないという心の負担があったことでしょう。そのようなエパフロディトの心の負担を思って、パウロもまた、心に負担であったのでしょう。だから、予定の任期満了前でのこの送り返しは「わたしも悲しみが和らぐでしょう」とパウロは言います。エパフロディトは故郷のフィリピに帰って、多少の弁明をすることで、フィリピの信徒たちは案じていたエパフロディトに会うことで、そして、パウロはエパフロディトの任務を解いてあげることで、互いの思いやりを実現できるのでした。むろん、テモテとエパフロディトの二人を派遣することは、パウロ側、特に、投獄されている孤独と不便の中にいるパウロには痛手であり、痛みを覚悟することなしではなかったのです。パウロはその痛みを自ら負ったのでした。こうして、パウロ、エパフロディト、テモテ、フィリピの信徒たちの感情の流れ、他者を思いやる感性の動きが生き生きと感じられる手紙です。

 

6.主イエスにあって

 最後に「主にあって」と言われていることに注目し、キリスト者の生き方の基本を学びたいと思います。パウロは19節では「さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを希望しています」と言いますが、「主イエスによって」希望すると言います。24節では自分のすぐフィリピを訪問できるものと確信しています」と言いますが、「主によって」という言葉を付け加えます。これがクリスチャンの考え方です。「私は希望する」「私は確信する」。主体としての責任、決断は明確です。しかし、そのような希望も確信も、「主イエスによって」「主によって」許されて初めて実現するのです。テモテの紹介の中でも、22節では、普通の考え方では、「息子が父に仕えるように、彼はわたしに仕えてくれた」となるべき処を、「わたしと共に福音に仕えた」というのです。このような理解によって支配―被支配という人間関係の持つ、ある種の息苦しさ、歪みを、同僚として、「共に福音に仕える」(edouleusen eis to euangelion)という視点で乗り越えようとしているのです。エパフロディトについても、フィリピ教会が彼を派遣したのですが、実は神がフィリピ教会から彼をパウロの下へ派遣したのである。ここでパウロは、エパフロディトを「送り返す」(anapempō)とは言わずに、テモテと同じように、「派遣する」というのです。いやエパフロディトを派遣してくださった(Pempō=神が、今や再び彼をフィリピに派遣するのであると言うのです。このように理解することで、人間の誇り(自分たちがパウロのために彼を派遣したとか、パウロが指導者として彼を送り返したというのではない)から自由になるのです。これは単なる人間的配慮の問題ではなく、信仰の基本的考え方、自分をも他者をも解放する考え方です。私たちも自分の責任であれやこれやのことを決めて実行します。しかさい、常に「主にあって」という留保の中で生きることによって自由に行動できるものになりたいものです。派遣の主体、希望の主体、確信の主体は神ご自身であり主イエス様なのです。(松見俊)