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2018.2.11 「神に聞き従う」 (全文) 使徒言行録4:13-22

 主イエスの名によってエルサレムの神殿で説教していたペトロとヨハネに対して、神殿の管理や警護を命じられていた人たちが二人を捉え、牢屋に閉じ込めました。次の日、ユダヤ教の議員、長老、律法学者たち、つまり当時のユダヤ社会の権力当局者が議場に集まり、ペトロとヨハネに向かって、「決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令しました」(4:18)。しかし、この命令に対して、ペトロとヨハネは「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」(1920節)と答えています。「従う」というのは、「聴く」「聞き従う」という意味の言葉です。私たちは今朝、「誰の言葉に耳を傾けるのか」ということが問われています。

 

 1.イエスの名による癒しの出来事

 出来事の発端は、3:2によると、エルサレムの神殿の「美しい門」に置かれていた足の利かない男を主イエス様の名によって癒したことから始まります。神殿の門は人の出入りが多く、彼は誰かに運ばれてきて、そこに「置かれていた」と言われています。それが彼の日常生活であったのでしょう。現在でも、施しを求める人たちが、ヨーロッパのカトリック教会の扉近くに施しを貰おうとする人たちがおります。問題の中心は、癒しの出来事を共に喜び合うというより、「何の権威によって、誰の赦し、誰の名でそのような業をしたのか」(4:7)ということで、イエス様も突き付けられた問いでした。4章には、「イエスの名」によって説教し、癒し、生活すること(4:10,12,17,18)、つまり、イエス様をすべての価値に勝る主として告白することでした。祭司たち、神殿の官吏たち、サドカイ派の人たち、役人、長老、律法学者たちにとって、神を礼拝し、神に聞き従うより、まず、人間の力と文化があり、知識、決まりがあり、その後で、信仰があるという一種の逆転があったのでしょうか?日本社会でも、かつては「天皇さん」の名が同じように用いられました。「クリスチャンである前に、日本人であれ。日本人なら神社と天皇を礼拝せよ。神社参拝は礼拝でなく、日本の風俗習慣・習俗・儀式なんだから」と言われ、ほとんどのキリスト者がそうしたわけです。日本社会でも、かつて「イエスのみ名」を告白することが咎められたことがありました。

 

 2.紀元節とは?  

 今日は2月11日で、旧紀元節です。この日を建国記念の日と国が定めて以来、教会は「信教の自由を守る日」としてきました。日本という国の起源を神話と天皇制に求めることの危険性を訴え続けてきたわけです。私は戦争を知らない世代ですので、83年前の211日の西南学院の様子に耳を傾けて見ましょう。『西南学院新聞』からの引用です。「紀元二千五百九十五年、建国の基愈愈堅く国威旭日の如く世界に輝けど、目前三十五年、三十六年の危機を控え、益々国民の団結と愛国の念を強めん為に挙行された市民愛国運動に吾学院も先んじて参加の旨申し出、十一日の午後一時高等部、中学部共に亀山上皇銅像下に集合、式を終えて小野教授(基督教史)、山田中佐(この人は配属将校)に引率されて、雄雄しく寒風に旗ひるがえして、東公園より下ノ端営所まで愛国行進を為した」。満州事変が始まるのが、1931年であり、37年から日中戦争になりますので、目前35年、36年の危機とは戦争が拡大する可能性のことを言っているわけです。東公園は皆さんがご存知のあの東公園ですね。すぐそこです。日中戦争勃発後の1939(昭和14)年の2月11日なると、こうあります。「高等学部紀元節祝賀式は十一日午前九時より講堂において挙行され一同御真影(天皇皇后の顔写真ですね)を奉拝、君が代合唱の後、水町院長の教育勅語並びに憲法発布勅語の奉読、式辞あり、式典を終了した。尚式後東公園にて行われる建国祭及び愛国大行進には高等学部も参加する予定であったが雨の為中止した」。雨で行かずに済んでほっとしたのでしょうか。残念ということなのかよく分かりません。これが戦争中の211日紀元節の風景です。

 

 3.信教の自由を守る日

 さきほど触れましたように、教会は211日を「信教の自由を守る日」としてきました。日本という国の起源を神話と天皇制に求めることの危険性を訴え続けてきたわけです。しかし、ここで大切なことは、「政教分離」ということです。政治権力と特定の宗教とが一つになると、民衆は絶対化された政治権力に逆らいにくくなるし、宗教の方も堕落してしまいます。歴史的にはキリスト教界において、英国のバプテストたちがこのことを唱え、米国で憲法に書かれ、日本では神社神道と国家神道と天皇制と結びつけて、あの無謀な侵略戦争によって、アジアの人々、正確な数字は分からないのでしょうが、平凡社の『世界大百科事典』や文科省検定済の教科書によれば、日中戦争の8年間で約2千万人を殺傷したとあります。また、その後の太平洋戦争を含めて日本人の戦争被害者は、軍人・軍属を含めて310万人です。

 ここで重要なことは、政治と宗教が癒着した「国家神道」だけが問題ではありません。キリスト教信仰や教会を絶対化することも危険であるという反省からヨーロッパの伝統と違って米国、そして、日本では政教分離の原則を憲法に定めたわけです。確かに、12節には、「(イエス・キリストの)ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほかに、人間には与えられていないのです」とあります。ですから、日本のほとんどの知識人、政治家など、そして多くの民衆は、「一神教は怖い。自分の信仰以外は認めないのだから。その点、日本の宗教は多神教だから寛容である」と考えています。この批判は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の歴史を見ると当っているところがあると思います。しかし、「日本社会は多神教だから寛容である」というのは間違いです。日本人は日本人であることを、日本文化と違うものには決して寛容ではありません。かつてイザヤ・ベンダサン、本当は山本七平さんですが、日本には「日本教」というのがあって、国民の90%くらいが無意識にそれを信仰しており、世界で一番強力な信仰であると言ったことがありました。特に、政治と宗教が癒着すると、決して他の信仰には寛容にはなれません。また、キリスト教は三位一体の神信仰ですから唯一神教と言えるかどうか難しい問題がありますが、元来の唯一神教とは、神が唯一であるから、この世の何かを絶対視することを批判するのです。それがキリスト教であれ、ユダヤ教であれ、イスラム教であれ、自分たちを絶対化することをまず批判するという姿勢を言うのです。問題は唯一神教か多神教かどちらが良いかではなく、自分と自分の信仰を絶対化することです。仏教教にも、神道にも良い処があるでしょう。事実、歴史的には天皇さんたちは仏教徒でありました。問題は宗教あるいは信仰と国家・政府とが一体化してしまうことです。

 

 4.では何でもよいのか? 証の弱さに徹して主イエスを証言する

 それでは、人は何を信じても同じであるし、日本人のように、「何でも来い」で、よいのかということが問題になります。キリスト者は自分の信仰告白として、自分の信仰の独自性を信仰告白せねばなりません。絶対性というより、独自性ですね。私には「イエス様のほかに救いはありません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです」と証するのです。人を釈伏するとか、論破するとか、否定するとかではなく、あくまでも、「証言」するという、最も弱い、しかし、いかなる権力も奪うことのできない証言、「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」という立場に立つのです。証は、愛することと同じで、最も弱く、しかし、だれも否定することができないとう意味で、最も強いものではないかと確信しています。神を愛することと、隣人、いや、異質な他者を愛することが最も大切であり、真理の表と裏のように一つのことであると主イエス様が教えてくださったこと、主イエスは私たちをご自分の命と等しいと看做すほど、私たちを愛し抜かれたこと、この独特な教えを、証言という、弱く見えるかたちに徹して、告白しましょう。興味深いことは、英国バプテストのトマス・ヘルヴィスは「神を信じない自由」を公に認めた最初の人です。まあ、これは、国家権力による強制で、人は神を信じることを強制されないという権利の主張です。大切なことは、政教分離によって、キリスト教も、仏教も、神道も権力から自由になって解放されることなのです。

 

 

 

5.大胆さ:神に聞き従う

 

 議員や他の人々は、「ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった」(13節)とあります。「大胆」とは「パレーシア」という言葉です。「すべてのこと」(パース)を言ってしまう(レーシス)という意味で、言いたいことを自由に、まさに大胆に全部言ってしまうこと、あからさまに人をはばからず、今流行の権威ある者に「忖度せずに」証言することです。むろん、それで人を傷つけてはなりません。口を慎むこと、何かを隠しておくことも他者への配慮としては大切でしょう。

 

ですから、ここでは、あくまでも信仰の証が意味されています。大胆とは肝が据わって、人間が大きく、強いことではなく、神の前で、神の言葉に聴従することから来るのです。こうして、使徒言行録は28:31で、「全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」で終わっています。パウロはローマで軟禁生活をしていたのですから、「全く自由に何の妨げもなく」というより、「多くの妨げにもめげず、イエス様のこと、その神の国の広がりについてあらゆることを何も隠さず、「大胆に」と翻訳すべきでしょう。

 

 

 

6.「イエスと共にいた」(4:13)

 

 「神のみ前で、神に聞き従わず、あなたがたに従うことが、義であるのかどうか、考えてください」と格調高い言葉です。この告白は、実は、彼らが「イエスと共にいた」(4:13)事実から由来し、今も聖霊によってイエス様と共にい続ける処から来るのです。私たちはいたずらに「政治的」になる必要はありませんし、信仰が、一つのイデオロギーにならないように気をつけねばなりません。私たちは政治的発言力のために必ずしも力と知識を必要とはしません。むしろ、平和を祈り求める「無学の普通の人の」感性が必要なのであり、「イエスと共にいた」ということから始まり、そこに留まり続けましょう。

 

むろん、私たちが見たこと、聞いたことを語るときに、つまり、ローマ皇帝やユダヤ当局者が主ではない、彼らは神ではないと語る時に、国がある特殊な宗教と結託して自らを神とするときには、ある種の戦いが起こらざるを得ません。イエス様が主であられることは、単に私の心の問題ではなく、隣人たちとの関係の中で、生活の全領域で人を解き放つ力であるからです。スイスの神学者カール・バルトは大学の講壇で、「ハイル・ヒトラー」という挨拶を拒んだときにドイツから追放されました。内村鑑三もかつて教育勅語への敬礼が浅すぎるという躊躇のゆえに第一高等学校高から追放され、日本中でバッシング(袋叩き)されました。確かに、「彼らは無学の普通の人」ではなかったかも知れませんが、彼らを強くしたのは、無学な普通の人ペトロやヨハネのように、主イエスと共にいる」ことを共有していたのではないでしょうか。3年前から防衛装備庁が、いわるる「戦争研究」と言われる「安全保障技術研究推進制度を造りました。大学も研究するなら補助金を出すと言っていますが、日本学術会議は「軍事目的のために科学研究を行わないこと」を確認しています。15年度は3億円、16年度は倍の6億円、17年度は何と110億円です。去る130日衆議院で17年度補正予算が可決されましたが、待機児童対策で808億円の追加予算でしたが、迎撃ミサイルイージス・アショア」とその関連費が3064億円です。来年度の先取りというかトランプさんに約束したからというか、早急に今年度に武器を購入します。

 そのような動きを見据えながら、平和の主イエスと共にいることが私たちを自由にすることを覚えて、共に祈りましょう。(松見俊)