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2018.1.10 「日常生活の中で与えられている恵」  出エジプト記16:1-15

1. オアシス

 15:27にエリムにたどり着きます。エリムには「十二の泉があり、七十本のなつめやしが茂っていた」(15:27)のです。荒野にあった「オアシス」です。「オアシス」は居心地がよかったのでしょう。しかし、イスラエルの民はそこから荒野へと出発します。

 私たちにとっての「オアシス」は教会、礼拝です。イエス・キリストの恵みが心に広がることです。教会に来ることは、人生の「オアシス」となっているでしょうか。教会は、新たに荒野へ旅立つための力を得て、出発していくことができる、そのような場としてありたいと思います。

 

2. 過去の美化と不安

 イスラエルの民は、荒野に向かいました。するとすぐにイスラエルの民は不平を言いだしたのです。

 ここには二つの出来事が起こっています。一つ目は過去の過大評価、美化です。もう一つは将来に対する必要以上の不安を持つことです。どちらも必要な時もあるでしょう。ただイスラエルの民の言葉は、現在に満足していない心からの言葉となっています。これは神様に委ねるという信仰の危機であり、別の言い方で言えば、もう一度神様に立ち返るきっかけの時とも言えるでしょう。

 

3. 日常生活に与えられている恵み

 この不満による信仰の危機を、神様は喜びの業としてくださるのです。神様は不平不満を言う人間に怒り咎めるのではなくパンを与えてくださるのです。

 神様は日毎の糧として、マナとうずらを与えてくださいました。マナもうずらも自然的な出来事、日常的な生活の中で与えられたのでした。マナは、あぶら虫の一種がギョウリュウ科の木の果実に穴をあけ、樹液を吸って分泌物を排出するものだと考えられます。それはでんぷん質や糖分が豊富で、今でも集めてパンとして焼きあげています。うずらは、アフリカ・地中海から飛んでくる渡り鳥が飛ぶのに疲れ果ててしまっていて、人間が手で捕まえることができるのです。神様は、人間の荒野での生活において人間が奇跡的現象、超常現象から神様の恵みを見るのではなく、日常生活にその恵みをみることができることを教えているのです。神様が日々生活の中に恵みを与えてくださっていることを再確認しましょう。(笠井元)