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2017.3.12 「からだ」は主イエスのもの (要約) Ⅰコリントの信徒への手紙6:19-20

 昨日、東日本大震災後6年目を迎えました。いまだ仮設住宅に住んでいる人たちがおり、行方知らずの家族を探している人たちがいることを憶えましょう。また、熊本大震災の被災者たちのことを憶えて礼拝しましょう。今朝はスチュワードシップ=「神に仕える僕の道」の6回目です。パウロは、「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神の神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい」と言います。信仰による、「体の健康管理」というテーマです。

1.「健康」の定義は難しい

 肉体が頑強に見えても急死する人がおり、幾つもの病気があるけれど、仲良く付き合いながら長生きする人もいる、健康の定義は難しいそうである。

2.ボロボロなわたしたち

 聖書は、どんなに健康そうに見えても「人間は、みな罪人であり、どこか病気である」と考えます。「からだ」とは「ソーマ」というギリシヤ語ですが、ギリシヤ人には「ソーマ(からだ)はシィーマ(墓場)」という諺があります。神のひらめきを持つ人間の魂は、肉体から来る様々な欲望や病に侵されてしまう。魂は、肉体というお墓に閉じ込められている。悪いのは肉体なんだと考えます。しかし、魂と肉体を切り離すことによって、一方で、肉体をいじめて鍛錬しようという禁欲主義が、他方、肉体は結局どうでもいいという投げやりの生き方が出てきます。しかし、聖書はそのようには考えず、「ソーマ」は単なる「肉体」ではなく、「からだ」というふうに考えます。そして、魂と肉体は切り離せない、魂も含めた人間全体が、ボロボロなわたしなのです。 

3.あなたがたのからだは神の神殿である

 しかし、パウロは勿体ないことを言います。このボロボロなわたしは、「神からいただいた聖霊が宿って下さる神殿である」と。畏れ多いことです。同じ思想・信仰が3:16~17にも登場します。ですから、他者を見くびり、傷付けることは、神の神殿である、その人を壊すことである。からだとしての自分を大事にしないことは、自分自身を破壊することだと言われます。

4.キリストによって買い取られたわたしたち

 それは、主イエス様が、尊いいのちを犠牲にして、代価を払ってわたしたちを買い取って下さったからだというわけです。「あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。」

5.自分の体で神の栄光を現せ

 スチュワードシップの話です。「自分の体で神の栄光を現せ」という戒めです。自分を慈しんで、弱い自分の心と肉体を慈しんで、少しでも元気で生きることが大切な課題なのです。(松見俊)